代表プロフィール

​ゲシュタルト療法・東京 代表 田中千惠子

ゲシュタルト療法・東京代表
ゲシュタルト療法・札幌代表
日本ゲシュタルト療法学会元理事

アメリカ・ノースカロライナのヴァン・ジョインズ博士の研究所でTA(交流分析)・再決断療法・人格適応論のトレーニングを10年間受けました。
1990年代に百武正嗣さんに出会ってから、ゲシュタルト療法を体験し、人生がさらに激変しました。
家族の問題で悩んでいたことがきっかけとなり、心理の世界に入った私。
TAやNLPなどの心理学で自分自身を知りました。
さらに、ゲシュタルト療法でさらに自分と出会い、未完了な問題がまだまだある事に気づきました。
ゲシュタルト療法のワークを体験するうちに、真の自分と徐々に出会い、本当の自由を手にした今、人生を楽しんでいます。

​ごあいさつ

70歳になって、私は今、自分がどう生きてきたのか、これからどう生きたいかふりかえっています。

ずっと試行錯誤の人生で、それなりに一生懸命に生きてきました。
20歳くらいまでの私は何の苦労もなく、両親の愛情を一身に受け、育ててもらいました。
18歳で受験に失敗したものの、夢に向かって自分で選択をして、憧れのCAという職業に就き、いろいろな事にチャレンジし、楽しくやってきました。

そこで出会った男性と結婚し、娘二人が生まれました。
それは私がこの世に生まれてから、最大に価値あるうれしいことでした。

楽しい事もたくさんある一方、夫との関係でストレスを感じていました。
夫とは感情を共有するのが難しかったです。
彼は真面目な反面、何か気に障ることがあると、すぐ心を貝のように閉じてしまい、一週間も口をきかないことがしばしばありました。
反面、彼には優しいところがあり、親と一緒に住んでくれました。
しかし、私は彼と親の価値観が違うことで板挟みになり、苦しみました。

私はずっとそれを、彼の性格のせいだと思ったり、
一方で私が何かいけないからだと、自分を責めました。

今から思うと、私は勝手に親を背負い、彼に負い目を感じていました。
自分を抑えて生きるのが当たり前と思い込んでいました。
我慢していることにさえ気づきませんでした。

その苦しみの反動から、心理の学びにエネルギーを全力で注いで、仕事にも打ち込みました。
自己実現を仕事に見い出して、生きがいにもなりました。

ところが、自分の感情を抑えれば抑えるほど、夫とは繋がることができませんでした。
お互いに溜まった感情が爆発して、60代で別の人生を歩むことを私たちは決断しました。
その決断をして、今は本当によかったと思っています。

●心理療法の世界へ入ったもう一つの理由

私が41歳のとき、母は67歳で亡くなりました。
母への罪悪感で、私は必然的に心理療法の世界に入りました。

私自身がセラピーを受け続けているうちに、
「本当の自分に触れることがいかに大事なことか」がわかりました。

私は自分の感情を殺して、夫との問題、母との問題を解決しようと頑張っていました。
相手を優先すれば、幸せになると思い込んでいました。
でも、ゲシュタルト療法は、自分を大切にして幸せでないと、人を幸せにすることはできないことを教えてくれました。

徐々に、まず自分の幸せを優先するようになりました。
そうすると、不思議な事に、正直な自分で周囲と繋がることができるようになったのです。

自分が幸せだと、周りを幸せにすることができるって本当です。

それが分かるのは、私は今、最高に幸せだからです。
無駄な体験は一つもありませんでした。
それまでの経験があったからこそ、今感じる幸せだと思います。

「人生とは、幸せになるための何かを学ぶためにある」

あなたの幸せを心から願っています。 Good luck!     

               

 

田中千惠子

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